第2章 凱旋(2)

前頁より





「ウォルター、領民たちはイングランドの王族貴族や大司教を連行し、
派手な展示や祝宴を見て、余がすっかりイングランド全土を征服した
ような錯覚に陥っているかもしれぬな。それはそれでノルマンディー
の安堵の対策になり、パリのフランス王や、隣国の諸侯への牽制に
なったであろう。しかし、現実はイングランド南部を占拠したに過ぎぬ。
今後両国をどう統治すべきか、また現有の軍備でできるのか。考える
とゆっくり眠れぬな」

 ウィリアム王は、いかなる局面でも常に冷静に自己を見る癖がつい
ていた。これに生来の動物的感覚が加わり、先を読むことに長けてい
た。読むというより、問題意識を持ち、常に意見を聞き、情報を集め、
方針を決めていた。

 ウィリアムがノルマンディー公領で懸案としていたのは、分封した荘
園領主の私法を禁じ、公の名の下に、厳格な法制を実施することで
あった。
 イングランド侵攻前と今では、貴族諸侯との権力差は格段に開いて
いた。ノルマンディ公爵とイングランド王の兼務は、ウィリアムに無言
の絶対的な権威をつけていた。
今、ノルマンディーでは、この理想が実行できる状態になった。

「ウォルター、問題はイングランドだな」
「そうです。当面はノルマン貴族騎士諸侯の物欲や飢餓感を満足さ
せるため、多少手荒な略奪なども容認していますが、いずれかの段
階で、法治体制に切替えねばならないでしょう。しかし、それはイング
ランド中部や北部まで完全に掌中に容れてからにしましょう。実は占
領地域でも不穏な動きがありますから」

「どのような情報が入ってきたのか?」
と、ウィリアム王はウォルターに訊ねた。
ウォルターは、王の耳元に囁いた。
王は顔に一瞬険しさが走った。

「なにっ、エドリック・ザ・ワイルド?何者だ、そやつは」

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